
|
農村歌舞伎を続けていることは、観光にも好影響を与えている。村自身も、観光の基盤づくりに力を入れ、交流拠点としての「尾瀬の郷交流センター」や、温水プールと大露天風呂を備えた「アルザス尾瀬の郷」を整備した。特産品として、「尾瀬の自然水」などを開発、イワナの養殖にも力を入れる。これらは、いずれも村営である。旅館や民宿は、つなぎ粉を使わない「裁ちそば」、そばすいとんの「つめっこ」、うるち米をついた「ばんでいもち」などの郷土料理を提供する態勢を整えている。これらは、地域の食文化に花を添える。
民宿、食堂、売店などが増えて、年輩の人が働く場も増えた。仕事のない人が少ないため、家計所得は福島県内でトップである。すなわち、福島県企画調整部統計調査課発行の「福島県市町村民所得」によると、93年度の檜枝岐村の市町村民家計所得は338万4,000円で、福島市の304万1,000円を上回り、県内で最高だった。
このことは、出稼ぎなどに頼らなくても地域内で十分な所得を確保できることを意味する。雇用の場が広がったため、毎年5,6人のUターン、Iターン者が出ている。檜枝岐より人口の多い隣接の村から通勤してくる人も増えつつある。
第5 今後の展望、課題
福島県・南会津地方の町村には、かつては歌舞伎一座が数多くあった。舞台も多かった。戦後は、他の娯楽が増えて急速に衰退し、今では檜枝岐歌舞伎だけが残っている。東北地方では、福島県郡山市の柳橋歌舞伎、山形県酒田市の黒森歌舞伎などが残っている。
わずかに残った他の歌舞伎の多くが職業歌舞伎となり、時代の変遷や役者の個性によってその姿を変えているのに対し、檜枝岐歌舞伎は古典そのもののまま伝わっているのが特徴である。すなわち、檜枝岐歌舞伎は親から子へ、子から孫へと伝承してきた。6代伝承している家庭もある。
しかし、過疎化と高齢化によって、役者の伝統を受け継ぐ人が減っているのが悩みである。特に、義太夫の語り手と、子役、女性座員の確保が課題である。団員も自らの仕事と歌舞伎とを両立させる難しさを感じている。こうした中で、檜枝岐中学校は、郷土学習の中で、舞台清めの三番叟(さんばそう)を学び、文化祭で発表している。村教育委員会と学校の英断である。
このように、強制でない形で、住民の歌舞伎への関心を高める工夫をしたい。89年に村内外の有志が檜枝岐歌舞伎後援会を結成した。これらの活動も期待されるところである。
前ページ 目次へ 次ページ
|

|